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映画『機動戦士Ζガンダム 星を継ぐ者』:おかわり

東京ファンタスティック映画祭におけるスポット上映鑑賞から半年あまり(関連記事)、先週末にやっと一般公開を観てきました。

前回の時は(一応)一般公開日は未定、次に観られるのはいつのことやらということで、どうしても TV 版との違いを追いかける方に意識が向きがちだったのですが、今回は純粋に作品としてどうかという点に主眼を置いて観ることができました。TV埼玉でのリハビリの成果あって、無理に追いかけなくても違ってたら分かると気楽になったところもあったかな。

行く前はもっと今回が『Ζ』の初見であるという人に観せるのは厳しいという印象が強くなるかと思ったんですが、結構そんなこともなかったです。ファンタで観た時これ残したのかぁと頭を抱えた MP をモビルスーツで脅すエピソードについて、先に手を出したくせに『殴る人は怖い』とか抜かすバカガキが無茶しよるからそもそも相手が先に失礼な振る舞いに及んだのに一方的に悪者扱いされた少年がちょっとだけ溜飲を下げるという表現になっていることに気づいたりとか、知っているが故に固定されたイメージが訂正される瞬間もありました。ただ、逆に初見より疑問に感じる部分も多く出てきました。

初見の時、画面を見ていて何だか慌しく感じる理由は14話までに死ななきゃいけない人(苦笑)がばたばた死ぬからだと思っていたんですが、今回は両親が殺される辺りから大気圏突入までの間でダレる印象がありました。テンションは高いんだけど、同じ調子がずるずる続いていくというか。次から次へと戦闘シーンが出てくるし。実際には戦闘ばっかりやってるわけでもなくて、途中で例のシャア・アズナブルという人の話も挟んだりはするんだけど、これはこれで何か浮いちゃってるんですよね…。これはもともと TV 版でも感じていたことだけども、やっぱりあそこでシャアの話が出るのは変。ていうか、伏線として必要なのは分かるがプロットとしてうまく埋まってない。作画や台詞回しをガラッと変えた今回もあまり成功しているとは言えないと思いました。

慌しさを感じるもうひとつの理由は、実際に TV 版の情報量をどうにかして詰め込もうとしているのを画面から感じてしまう、というのもあった気がします。特に要らないと思ったのがライラとジェリドの絡み。

ここのエピソードは TV 版ではいい男になってくれれば寄りかかって酒が飲めるというライラの名台詞があって、これひとつで二人がお互いを意識する理由が十分説明されていたのに、映画ではジェリドの視野の狭さを指摘する台詞だけになっていて、ジェリドがライラに感じさせた嫌悪以外の「何か」の表現が不明瞭になってしまっています。しかもジェリドは大気圏突入でカクリコンの最期を見届た際にカクリコンとライラのかたきは必ず討つみたいなことを言いつつ、地上に降りたらライラはどこだ!とか生きてる前提としか思えない口ぶりで話し始めるし…TV 版の汚名挽回発言を初めとするとっちらかりキャラ再び。…まさか、それが彼のアイデンティティとして意図されているということなのか?

ライラとカミーユの対戦も、TV 版ではカミーユに初めて激昂の末の子供のけんかとは違う「実戦の緊張感」を体験させるエピソードだったはずなんだけど、あんまりそういう印象がないまま素質だけで勝っちゃいましたになっちゃってるし。こんな中途半端な詰め方するんだったらライラのエピソードはばっさり切ってほかに時間を使ってくれた方がよかったんだけど、ライラが出ないとガルバルディβの出る幕がなくなるしな…プラモあっての『ガンダム』ってか。

さて、唐突ですが、ふうこが大学で取った一般教養科目に舞台芸術を専門とする客員教授による「芸術論」というのがありまして。まぁパンキョーなんで居眠りなどしつつ適当に受けていたんですが、ひとつだけ印象に残っている話があります。曰く、舞台芸術においては、客が目の前に提示されたものを積極的に『何かに見なす』という態度がとても重要だと。そりゃそうだ。舞台においてただの板切れがこなすことのできる役割は数限りないが、「舞台を観る」というフィルタを取っ払って見れば板切れは板切れでしかないわけで。王様はやっぱり裸だという態度ではとても舞台を楽しむことはできないでしょう。

アニメも舞台と同じく、根本的にはデフォルメという名で「見なし」を要求する要素がふんだんに盛り込まれているはずではあるものの、現存し得ないものを目に見える形にすることができるというその特性からか、視聴者はアニメを観る際に自分が何か努力したり協力したりすることが必要だとは必ずしも思っておりません。さて、アニメは観るものに対して、どこまでその協力を強いてもいいものなのでしょうか。

つまり何が言いたいかって言うと、事情を知らないで観た人に必ず全部作り直せばいいのにと言わせる作画クオリティは是か非か、ということなんだけど。

これに関しては、自分には答えはありません。分かっているのは、三部作である本作のパート2も私は必ず観るだろう、ということだけ。


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