恩田陸『ネクロポリス』(上)(下)
- 2006-08-09 12:14
- 今日の読書
出たのも古ければ読んだのも結構前ですんませんけども…。久々に恩田陸の積ん読を片付けました。著者初の単行本上下巻。『ネクロポリス』とはラテン語で『死者の都』という意味で、学術的にはエジプトのナイル川西岸にある王墓の遺跡が集まる地域のことを指すようです。
といっても、この話の舞台はエジプトではなく、日本と英国の文化が融合した国(?)V.ファー
にある聖地アナザー・ヒル
。毎年ヒガン
の期間になると、住民たちはアナザー・ヒルに上陸し、ここに帰ってくるお客さん
=死者を待ち受け、その話を聞くという奇妙な風習がある。そんな不思議な祝祭に、遠縁を通じて参加できることになった文化人類学を専攻する大学生のジュンイチロウ・イトウ。しかし今年に限って例年参加する者すら戸惑うような事件が次々と…という、いかにも「恩田陸!」な設定。今作も筆者特有のホラーとサスペンスが交じり合ったような雰囲気を十分に楽しむことが出来ます。
死者と話せる場所で殺人事件発生
という、サスペンスとしては完全にでたらめな設定なのだけど、犯人が簡単に分かるかと言えばそうは問屋がおろさない。自分のいた世界を忘れるでもなく、かといって会いたい者に会いたいように会えるわけでもなく、ふらふらと漂っては出会った者に自分の思いを語る「お客さん」。そんな不可思議な空間を受け入れ、楽しむ方法を身につけた人たちの独特のウィット。初参加のジュンは死者と生者、二重に振り回されます。が、そんなジュンが「お客さん」からのウケは一番よいようで。脅威の「お客さん」遭遇率を誇る彼に経験を積みたい若い参加者からの嫉妬、そして彼の秘めた能力に気づいた参加者の思惑が絡む。異常な世界に流れる微妙な人間模様。恩田ワールドならではの舞台装置でしょう。
が、オチが微妙なのも相変わらずなんだよなぁ。振り回されっぱなしのジュンは偏差値の高い大学に通っている(らしい)割に今ひとつ切れたところが感じられないし、唯一文化人類学的観点(どっちかってーと民俗学的だったけど)で語った台詞も何だか目の付け所が普通だし。特にふうこは導入の印象で同著者『月の裏側』を思い出したので、あの一種ハッピーエンドに近いオチには肩透かしを食らった感じが否めませんでした。ていうか、最後のあの「冒険」は何だったのさ?
あと、舞台になったV.ファー
っていう名前の伏せ方がしっくりこない。本当は実在する場所だからおおっぴらに出せないのよ
という効果を狙ったのか、かっちり決めないことで想像力をかき立てるつもりなのかよく分からないのだけど、個人的にはむしろこの文字を見る度に覚めるというか、現実に引き戻される感じがあった。『月の裏側』の舞台である『箭納倉(やなくら)』のように、何でもいいからちゃんとした名前をつけてほしかった。
結局、上下巻という長さの割には一気に読めたけど、長さの割には後に何も残らない感じ。ううーん。
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