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生誕日に君を想うということ

ども。去る11月11日に無事誕生日を迎えたふうこです。

11月というのは、何故か親類縁者友人知人ファンな人…に誕生日の人が多い月でありまして。それは多分逆算して2月あたりに娯楽が少ない蠍座の容易に人に心を開かない性格を反映してのことだと思うんですが。私自身はいい加減おめでとうの後のおめでたいんだよね?という質問がそろそろ冗談にならない年であります。

そんなこんなで、その日は相方をはじめ多くはないお友達(汗)や仕事仲間におめでとうを言って頂きました。中には思わぬ方から頂いたり(ありがとうございますありがとうございます)、知ってるはずの人から特になかったり(笑)して、まぁいろいろなんですけど、そんな中でふと不思議に思ったのは、誕生日なんてのは本当に個人的なことなのに、なんでこんなに他人との繋がりを意識してしまうんだろう?ということでした。

ふうこなんか結婚こそしてますが子どもはいないし、自分で金稼いでんで、普段は社会的に一番他人とのしがらみが少ない集団に属して暮らしておる訳です。それでなくても生来他人がどこでどうしていようとあまり構わない性格でもあるので、やもすると自分の周りに誰かがいるってことが頭からすっかり抜けてしまっていることがあります。

でも年に1回、誕生日の日だけは、私の周りには私のことを考えてくれる人たちがいるんだ、ということを思い知らされるのです。ふうこの誕生日は、ふうこ以外には別に意味のある日ではないけれど、ふうこと関わりを持ってくれた人たちにとってはちょっとだけ意味がある。そして確かに、それが意味があると思ってくれる人が私にはいるんだと。

本当は、その人にとってこの日は何か別の記念日で、思い出すのはついでなのかもしれないし、スケジュール帳に知り合いの誕生日を登録しておく癖がある人で、今日たまたまページを開いて気づいたのかもしれない。それでも、その瞬間だけはふうこ何やってんのかなぁと思ってくれたわけです。そういう小さな喜びは、きっと長く生きてきた分だけ増えていくのでしょう。だからきっと、誕生日というのは年を重ねれば重ねるほどおめでたい。

すっかり遅れてしまったけど、今から遠い地で病に倒れているお友達におめでとうを言ってこようかな。


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